MORITA INDUSTRIES INC | モリタ工業株式会社

KAWAGUCHI HISTORY

地域に貢献し、地域を誇りにする企業でありたい。

MORITAは東日本エリアの代表的な工業集積地、埼玉県川口市でガス風呂釜の製造を続けてきました。古くから物流の要所という、ものづくりをする企業にとって恵まれた環境に感謝し、雇用創出などを通して地域社会へ貢献し、地元川口の歴史と文化に誇りをもって事業を続けてまいります。

湧水の里、川口宿

荒川河川敷より川口市中心部を望む(2018年、当社撮影)

川口は水と深い関わりがある街です。地理的には荒川と芝川の合流地点に位置し伏流水が豊富であったため、かつては至る所に湧水がありました※1。これを現代に伝える史跡や資料は非常に限られますが、国道122号線とJR川口駅を結ぶ本町大通りの途中の小さな緑地帯、川口宿ミニパーク(埼玉県川口市本町2-1)はそのひとつです。

そこに鎮座する石碑には、江戸名所図会(えどめいしょずえ)※2「鍋屋の井(なべやのい)」※3をプリントした古いプレートが埋め込まれており、このあたりに住んでいた鋳物師の庭に水が湧く井戸(吹き井戸)があった、という旨が解説されています。余談ですがこの緑地帯には「川口町道路元標(かわぐちちょう どうろげんぴょう)」※4も残っていて、かつての川口町の中心であったことがわかります。

※1 参考:水道局の歴史(川口市上下水道局、2018年9月15日閲覧)

※2 江戸名所図会:斎藤幸雄・幸孝・幸成が三代、三十有余年を費やして完成させた江戸の地誌。

※3 参考:国会国立図書館デジタルコレクション

※4 道路元標:大正時代に各市町村に1基ずつ置かれた市町村の位置を示す標識。

本町緑地内の鍋屋の井の石碑(2018年、当社撮影)

プレートで解説されている吹き井戸を、川口宿ミニパークから徒歩5分ほどのところの旧鋳物問屋鍋平別邸庭園(きゅう いものどんや なべへい べっていていえん)で井戸跡として見ることができます※。川口市母子・父子福祉センター(川口市金山町15−2)として使用されている住宅で、見学には事前の申し込みが必要です。

※ 参考:川口の文化財 - 旧鋳物問屋鍋平別邸庭園(川口市立文化財センター)

荒川の対岸、北区岩渕町では明治11年に造り酒屋、小山酒造が創業。同社は清酒「丸眞正宗」(マルシンマサムネ)の水について「初代 小山新七が酒造に適した湧水をこの地で発見し、酒造りを創めました。岩淵の地下には、秩父を源流とする浦和水脈の支流が流れています」※と説明しており、一帯が水に恵まれた地域であったことがわかります。小山酒造は東京23区最後の貴重な酒蔵でしたが、惜しまれつつ平成30年(2018年)に廃業。丸眞正宗の銘柄を大宮の小山本家酒造が継承しており、意気に感じます。今でもかつてあった東京赤羽の風味を楽しめるのです。

※ 引用:小山酒造株式会社ホームページ|会社案内(アーカイブ、2020年6月3日閲覧)

このような良質な地下水をもとめ、大正13年(1924年)には、今のJR川口駅の北側に大手のビール工場が進出。そのビール工場は企業統廃合を経て戦後にサッポロビール埼玉工場となり、敷地内のビール園(レストラン)は地元でも大変愛されていましたが、こちらも平成15年(2003年)には閉鎖となりました。年配の川口市民がサッポロビールを好んで飲むのはこの名残りです。広大なビール工場跡地は、リボンシティという通称で大規模に再開発され※、現在は高層マンションやショッピングモールが立ち並ぶ複合街区へと生まれ変わっています。

※ 参考:リボンシティ(川口)のRenovation(独立行政法人都市再生機構、2020年6月1日閲覧)

吹き井戸だけではありません。当社の本社工場のほど近くを流れる芝川は、かつては見沼代用水(みぬまだいようすい)から供給される農業用水の排水経路として機能し、また川口全域の水上交通を担った清流だったそうです※1。残念なことに昭和の時代に流域からの排水によって水質が極度に悪化し、一時期は下水のような異臭を放っていました。しかし平成20年(2008年)頃から埼玉県による水辺再生事業が開始され、水質改善や河川整備が進められてきました※2。この行政主導のプロジェクトは様々な形に波及し、まだまだ清流とはいえませんが、川と街を一体とみなした環境づくりが進められています。

※1 参考:母なる芝川 ―川口をつらぬく川―(川口市教育委員会 平成29年10月27日)

※2 参考:水辺再生100プラン 1 芝川/川口市青木外(埼玉県 県土整備部 水辺再生課)