MORITA INDUSTRIES INC | モリタ工業株式会社

MORITA HISOTRY

挑戦と開拓のDNA

昭和のベンチャー企業として、業界の常識をくつがえし、幅110mm薄型風呂釜を開発したことに当社の源流がございます。業界でもっとも小さな企業として、私どもならでは価値を追求し、お客様の信頼にお応えしてまいります。

昭和のベンチャー企業

お風呂をわかす機械を風呂釜(ふろがま)、お湯を出す機械を給湯器といい、メカニズムや法規制が異なります。ガスを燃料とし、シャワーが出せてお風呂もわかせるものは、「ガス給湯付風呂釜」が正しい呼び方です。高機能化にともなって「ガスふろ給湯器」という呼び方が広まりましたが、当社では好んで「風呂釜」という言葉を使います。

少なくとも1970年代まで、川口市は風呂釜製造の中心地でした。鋳物工場をスピンアウトした若い経営者たちが、工業集積地である川口の地の利を生かし、ベンチャービジネスとして風呂釜製造を行っていたのです。市内に十数社の風呂釜専門メーカーが存在したといいます。当社は、そのなかで、現在まで事業を継続している唯一の企業です。

国鉄職員からの転身

創業者 盛田重孝は、海軍飛行予科練習生として鳥取砂丘でグライダーの操縦訓練を受けていたとき、太平洋戦争の終結を知りました。終戦後、実兄を頼って上京し、日本国有鉄道(現JR東日本)に勤務したあと、タクシー運転手などを経て、1964年(昭和39年)に34歳で独立し、埼玉県戸田市でプレス板金加工業を個人事業として始めました。盛田重孝が創業にあたって心に刻んだ言葉が「信頼第一」であり、このシンプルな精神が現在まで私どもに引き継がれています。

創業から4年後の1968年(昭和43年)に株式会社へ組織変更。さらに1970年(昭和45年)、川口市仲町へ移転し、小さな工場を借り、本格的に風呂釜の製造事業を開始しました。業界最大手の株式会社ノーリツが、日本で初めてアルミ製のガス風呂釜「GS型」を兵庫県明石の地で発売開始したのが1961年(昭和36年)※ですから、当社はそれから約10年遅れた後発メーカーだったことになります。

風呂釜を運ぶ創業時代の盛田重孝(現 会長)