MORITA INDUSTRIES INC | モリタ工業株式会社

鍋・釜を作る工場街

川口市の歴史(2)

川口市は、名匠・浦山桐郎氏の監督デビュー作であり女優・吉永小百合さんが14歳にして初主演でブルーリボン主演女優賞を受賞した、昭和37年(1962年)の日活映画『キューポラのある街』※の舞台です。工場街でたくましく生きる少女を描いたモノクロ映画で、鍋・釜を作る街として川口の地名を有名にしました。当時を知る地元の人の話では、映画で描かれた工場や労働者の様子が実際より荒々しかったため、上映翌年に川口の工場への就職希望者が減って大いに当惑したといいます。

※ キューポラ:鋳物製造で使われる溶銑炉(ようせんろ)のこと

工場街としての川口市の歴史は古く、永らく東京都墨田区・大田区と並ぶ東日本の代表的な工業集積地です。中核産業は鋳物工業。昭和18年(1943年)の新聞記事※1によれば、全国の鋳物工場数540工場のうち、実に129工場が川口市にあり、全国首位でした。昭和39年(1964年)の東京オリンピックでは、国立競技場の聖火台を川口の鋳物師が製造し、鋳物の川口の名を全国へ知らしめました※2。

※1 参考:川口市史 近代資料編Ⅱ p202(川口市 昭和57年4月30日)

※2 参考:すごいぞ!埼玉 今月は昭和39年東京オリンピック聖火台(埼玉県 県民生活部 広聴広報課)

川口市本町の本一通り(旧日光御成道、かつては周辺に鋳物屋が栄えた|2018年当社撮影)

鋳物業界での機械化の進展が、機械工業の発展も促しました。進出分野は工作機械、鍛造、歯車等と多岐にわたります※1。産業発達はガス機器にもおよび、昭和30年代には市内に多くの風呂釜・風呂バーナーの製造会社ができたと言われます。資料※2によれば、昭和50年代で10社以上の風呂釜メーカーが確認でき、当社もそのうちの1社です。

※1 参考: 川口のものづくりについて(川口i-mono(いいもの)・i-waza(いいわざ))

※2 参考:Setagaya Gas Note 1982(世田谷製作所)

近年、産業構造の変化に伴い川口の鋳物工業は活力を失い、機械工業全体をみても多くの工場が廃業や移転を余儀なくされています。JR川口駅周辺では次々と工場が撤退し高層マンションに変貌しましたし、こうした宅地化は年々郊外へと広がっている印象があります。2020年には「本当に住みやすい街大賞」も受賞※し、交通の便の良さや子育て世代にやさしい地域環境が高く評価されています。

※ 参考: 「本当に住みやすい街大賞2020」で川口が1位を受賞しました!!(川口市広報課、2020年6月10日閲覧)

しかし現在でも、川口市の製造業の事業所数は市区町村別統計で全国トップレベルにあり、工業の町であることに変わりはありません。歴史ある県立川口工業高校は町工場へ優秀な人材をおくり続け、地元の尊敬を集めます。また市内には埼玉県産業技術総合センターがあり、自社で設備するのが難しい高額な分析装置や試験装置を中小企業が安価に活用しています。川口では、住宅と工業が共存する街づくりが進展しているのです。